AI導入の前にやるべきこと――「ベテランの勘」を言葉にする3ステップ

IT戦略

「AIを入れたいが、何から始めればいいのか」

生成AIの活用を検討している企業から、よくこんな相談を受けます。

「どのAIツールを選べばいいでしょうか」 「AIに何をやらせればいいのか、決めきれません」

ツール選びから入ると、多くの場合ここで止まってしまいます。実は、AI導入の第一歩はツール選定ではありません。自社の「判断基準」を言葉にすることです。


属人化した判断は、AIにも引き継げない

どの会社にも「この人に聞かないと分からない」業務があります。

  • 新規取引先の与信を、ベテランの経理担当が感覚で判断している
  • 請求書の「なんとなく怪しい」を、特定の担当者だけが見抜ける
  • 見積もりの妥当性を、営業部長の経験だけで決めている

こうした判断は、担当者が異動や退職をすれば失われます。そしてもう一つ見落とされがちなのが、言葉になっていない判断基準は、AIにも渡せないという点です。

生成AIに「この請求書は怪しいですか?」と聞いても、何を基準に怪しいと考えるのかが自社で決まっていなければ、一般論しか返ってきません。AIの性能がどれだけ上がっても、この壁は残ります。


京都銀行が一番価値を生んだ部分

この点をよく示しているのが、京都銀行の事例です。同行は、決算書の粉飾と不正取引を見抜くAIモデルを内製し、本格運用を始めました。

注目したいのは、モデルを作る前の準備です。

  • 過去10年分の決算書から、粉飾とみられる約200件を約6人・1カ月かけてデータ化
  • 審査部門やベテラン行員にアンケートを行い、「怪しい」と感じる勘所を集約
  • 例えば「売上は年ごとに変動するのに、利益はわずかな黒字が続いている」といった知見を判定材料に反映

こうしたベテランの暗黙知が、実際によく効く判定材料になったと報じられています。

私はこの事例で一番価値を生んだのは、AIモデルそのものではなく、ベテランの暗黙知を言葉にしたプロセスだと考えています。

AIは半年単位で進化し、作ったモデルはすぐに古くなります。一方で、書き出したノウハウは、どのAIを使っても活きる資産です。ルールによるふるい分けにも、生成AIへの指示にも、そのまま使えます。


中小企業でもすぐ始められる3ステップ

銀行のような大規模なデータ整備は必要ありません。中小企業なら、次の3ステップで始められます。

ステップ1:ベテラン頼みの業務を1つ選ぶ

与信チェック、請求書の確認、見積もりの査定など、「特定の人の判断」に依存している業務を1つだけ選びます。最初から全社に広げる必要はありません。

ステップ2:「何を見て判断しているか」を聞き出す

ベテラン担当者に、次のような質問をします。

  • 「怪しい」と感じたとき、最初にどこを見ていますか?
  • 過去に問題があった案件には、どんな共通点がありましたか?
  • 新人がよく見落とすポイントは何ですか?

本人も言葉にしたことがない場合が多いので、過去の具体的な案件を一緒に振り返りながら聞くのがコツです。

ステップ3:5〜10個の判断基準として書き出す

聞き出した内容を、短い文章の判断基準にまとめます。

例えば請求書チェックなら、

  • 振込先口座が急に変わった請求書は、取引先に電話で確認する
  • 初めての取引先で、前払いを求められた場合は上長承認を必須にする

といった形です。振込先口座の急な変更は、なりすまし詐欺の典型的なサインでもあります。

これだけで、まずはルールでのふるい分けができます。さらにこの基準を生成AIに渡せば、「なぜ怪しいのか」を説明させる補助役としても使えるようになります。


暗黙知の言語化チェックリスト

自社の状況を確認するためのチェックリストです。

業務の棚卸し

  • [ ] 特定の人がいないと止まる判断業務を洗い出している
  • [ ] その中から、最初に取り組む業務を1つに絞っている

聞き取り

  • [ ] ベテラン担当者に、判断の着眼点を聞く場を設けている
  • [ ] 過去のトラブル事例・ヒヤリハット事例を集めている
  • [ ] 新人がつまずくポイントを把握している

書き出し

  • [ ] 判断基準を5〜10個の短い文章にまとめている
  • [ ] 基準ごとに「該当したらどうするか」を決めている
  • [ ] 誰でも見られる場所に保存している

活用と更新

  • [ ] 判断基準をチェックリストや業務ルールとして使っている
  • [ ] 生成AIへの指示文(プロンプト)にも組み込んでいる
  • [ ] 年1回など、見直すタイミングを決めている

まずは「業務の棚卸し」の2項目から始めてみてください。


まとめ:AIは借りる、ノウハウは自社で持つ

AIツールは今後も次々と新しいものが出てきます。どのツールを選んでも、数年後には置き換わっている可能性が高いでしょう。

だからこそ、投資の重心はツールではなく、自社のデータとノウハウに置くべきです。言葉にした判断基準は、AIが入れ替わっても引き継げる、会社の資産になります。

皆さんの会社の「ベテランの勘」は、書き出せていますか?


出典 日経クロステック「京都銀が粉飾見抜くAI内製、10年分・200件の決算書から 不正取引検知も」(2026年10月7日) https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/12036/

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