「AIを入れたいが、何から始めればいいのか」
生成AIの活用を検討している企業から、よくこんな相談を受けます。
「どのAIツールを選べばいいでしょうか」 「AIに何をやらせればいいのか、決めきれません」
ツール選びから入ると、多くの場合ここで止まってしまいます。実は、AI導入の第一歩はツール選定ではありません。自社の「判断基準」を言葉にすることです。
属人化した判断は、AIにも引き継げない
どの会社にも「この人に聞かないと分からない」業務があります。
- 新規取引先の与信を、ベテランの経理担当が感覚で判断している
- 請求書の「なんとなく怪しい」を、特定の担当者だけが見抜ける
- 見積もりの妥当性を、営業部長の経験だけで決めている
こうした判断は、担当者が異動や退職をすれば失われます。そしてもう一つ見落とされがちなのが、言葉になっていない判断基準は、AIにも渡せないという点です。
生成AIに「この請求書は怪しいですか?」と聞いても、何を基準に怪しいと考えるのかが自社で決まっていなければ、一般論しか返ってきません。AIの性能がどれだけ上がっても、この壁は残ります。
京都銀行が一番価値を生んだ部分
この点をよく示しているのが、京都銀行の事例です。同行は、決算書の粉飾と不正取引を見抜くAIモデルを内製し、本格運用を始めました。
注目したいのは、モデルを作る前の準備です。
- 過去10年分の決算書から、粉飾とみられる約200件を約6人・1カ月かけてデータ化
- 審査部門やベテラン行員にアンケートを行い、「怪しい」と感じる勘所を集約
- 例えば「売上は年ごとに変動するのに、利益はわずかな黒字が続いている」といった知見を判定材料に反映
こうしたベテランの暗黙知が、実際によく効く判定材料になったと報じられています。
私はこの事例で一番価値を生んだのは、AIモデルそのものではなく、ベテランの暗黙知を言葉にしたプロセスだと考えています。
AIは半年単位で進化し、作ったモデルはすぐに古くなります。一方で、書き出したノウハウは、どのAIを使っても活きる資産です。ルールによるふるい分けにも、生成AIへの指示にも、そのまま使えます。
中小企業でもすぐ始められる3ステップ
銀行のような大規模なデータ整備は必要ありません。中小企業なら、次の3ステップで始められます。
ステップ1:ベテラン頼みの業務を1つ選ぶ
与信チェック、請求書の確認、見積もりの査定など、「特定の人の判断」に依存している業務を1つだけ選びます。最初から全社に広げる必要はありません。
ステップ2:「何を見て判断しているか」を聞き出す
ベテラン担当者に、次のような質問をします。
- 「怪しい」と感じたとき、最初にどこを見ていますか?
- 過去に問題があった案件には、どんな共通点がありましたか?
- 新人がよく見落とすポイントは何ですか?
本人も言葉にしたことがない場合が多いので、過去の具体的な案件を一緒に振り返りながら聞くのがコツです。
ステップ3:5〜10個の判断基準として書き出す
聞き出した内容を、短い文章の判断基準にまとめます。
例えば請求書チェックなら、
- 振込先口座が急に変わった請求書は、取引先に電話で確認する
- 初めての取引先で、前払いを求められた場合は上長承認を必須にする
といった形です。振込先口座の急な変更は、なりすまし詐欺の典型的なサインでもあります。
これだけで、まずはルールでのふるい分けができます。さらにこの基準を生成AIに渡せば、「なぜ怪しいのか」を説明させる補助役としても使えるようになります。
暗黙知の言語化チェックリスト
自社の状況を確認するためのチェックリストです。
業務の棚卸し
- [ ] 特定の人がいないと止まる判断業務を洗い出している
- [ ] その中から、最初に取り組む業務を1つに絞っている
聞き取り
- [ ] ベテラン担当者に、判断の着眼点を聞く場を設けている
- [ ] 過去のトラブル事例・ヒヤリハット事例を集めている
- [ ] 新人がつまずくポイントを把握している
書き出し
- [ ] 判断基準を5〜10個の短い文章にまとめている
- [ ] 基準ごとに「該当したらどうするか」を決めている
- [ ] 誰でも見られる場所に保存している
活用と更新
- [ ] 判断基準をチェックリストや業務ルールとして使っている
- [ ] 生成AIへの指示文(プロンプト)にも組み込んでいる
- [ ] 年1回など、見直すタイミングを決めている
まずは「業務の棚卸し」の2項目から始めてみてください。
まとめ:AIは借りる、ノウハウは自社で持つ
AIツールは今後も次々と新しいものが出てきます。どのツールを選んでも、数年後には置き換わっている可能性が高いでしょう。
だからこそ、投資の重心はツールではなく、自社のデータとノウハウに置くべきです。言葉にした判断基準は、AIが入れ替わっても引き継げる、会社の資産になります。
皆さんの会社の「ベテランの勘」は、書き出せていますか?
出典 日経クロステック「京都銀が粉飾見抜くAI内製、10年分・200件の決算書から 不正取引検知も」(2026年10月7日) https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/12036/
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